太陽にたどり着くまでの経路です。何回かにゆっくり書きます。
15歳、中学を3月始めに卒業してすぐに(誕生日が2.26なので15歳になるのが遅くて)初バイトが新聞配達。自転車で。昭和ですね。年号は平成になってましたが。笑
で、その春休みさらに掛け持ちで、母の勤めていたスーパーのお惣菜屋さん。
朝、4時に新聞に行く。6時に帰る。ご飯食べて、そのまま、お惣菜屋さんへ。午前中は、どんどん作られるお弁当やコロッケ、天ぷら、煮物など、ガンガンパック詰めしてラップして値付け。品出し。開店までに販売ケースを満タンにする。30年前で、今みたいに、SDGsとか全くない世の中、作れ作れ、売れ売れ、残ったら大量値引して廃棄〜みたいな世界。で、私はスーパーの閉まる20時くらいまで残って、朝、みんなでセッセと作った食べ物の残りを廃棄して帰る。始めは、食べたい物を持って帰ってたが、それもすぐ飽きる。
家に帰って、すぐに寝ないと。明日も3時半起きだから。
もちろん、こんな過重労働は続かず、一ヶ月で限界に達し、新聞を辞める。お惣菜屋さんも、春休みは朝からだったけど、学校が始まって、17時からに。高校で部活はしてません。バイトは週6。稼いでましたね。
そう、これも今と違って、ブラック企業とか働き方改革とか、無縁の話なので。
お惣菜屋さんで一年、ラップ品出し係から、時々、揚げ物もやりましたね。フライヤーに冷凍のコロッケやカツなんかを投入、浮いてきたら揚げて中をチェック。そう、この時は、将来何するかなんて、全く考えなんかない、ただ遊ぶ金欲しさにやっていただけでしたが、調理はもうやってたんですね。
みんなが、部活を頑張っている最中、バイトで経験積んで、お金もらってましたね。この時から、仕事、好きだったんですね、スポーツよりも。これが、高校一年。
高校二年は、中華料理屋さん。
また、明日。
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